大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和32年(ワ)76号 判決 1960年1月18日

原告 岩手県教員組合

被告 福岡町 外一名

主文

被告福岡町は原告に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三〇年一月二七日以降完済に至るまで金一〇〇円につき一日金二銭八厘の割合による金員を支払え。

被告目時定一に対する訴を却下する。

訴訟費用は被告目時定一の支出した分は原告、その余は四分しその一を原告、その余を被告福岡町の各負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の請求の趣旨

(一)  被告福岡町に対する請求の趣旨

1(1)  主文第一項同旨。

(2)  訴訟費用は被告福岡町の負担とする。

2 仮執行の宣言を求める。

(二)  被告目時定一に対する請求の趣旨

被告福岡町に対する右請求が理由がないならば

1(1)  被告目時定一は原告に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三〇年一月二七日以降完済に至るまで金一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告目時定一の負担とする。

2 仮執行の宣言を求める。

二、被告福岡町の答弁

原告の被告福岡町に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三、被告目時定一の答弁

原告の被告目時定一に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求の原因

一、被告福岡町に対する請求の原因

(一)  主たる請求の原因(消費貸借)

1 原告は昭和三〇年一月二七日、岩手県二戸郡石切所村(同年三月一〇日被告福岡町に合併)に対し、金一〇〇万円を利息金一〇〇円につき日歩金二銭八厘、弁済期日、同年二月末日の約定で貸付けた。

(1)  すなわち、右石切所村議会は同二九年三月二五日、同村の同二九年度における一般財政資金調達のため、借入金額金二〇〇万円以内、利率金一〇〇円につき日歩金三銭以内等の条件を付して一時借入の権限を同村の執行機関たる村長目時定一に付与する旨の議決をした。そこで右村長目時は原告に対し同三〇年一月二七日、かねて同村において設立を議決した保育所建設の資金として金一〇〇万円の借入を申込み、原告はこれを承諾して、前記のとおりの消費貸借契約を締結し、同日訴外株式会社岩手殖産銀行盛岡本店において現金一〇〇万円を右村長目時に交付した。同村長は右金員を直ちに同銀行盛岡本店を通じ同銀行福岡支店の石切所村収入役小笠原謙治名義の預金口座宛に送金し、右金員は同日同口座に振込まれた。しかして同村長目時は原告より同村への送金につき単に送金事務をしたにすぎないのである。仮にそうでないとしても同村長目時は同村収入役小笠原のための事務管理として、または、同村収入役の代理人として右金員を受領したものである。

したがつて、原告、石切所村間の消費貸借は同村長目時が右金員を受領したとき、または右金員が同村収入役小笠原の預金口座に振込まれた時に成立したものである。仮にそうでないとしても同収入役が翌一月二八日に右金員を同口座より引出し公金に使用したことにより、または同村収入役がその一、二週間後、原告に返済するとて同村助役中村鉄二に村公金である金一〇〇万円を交付したことにより、追認があつたものである。

(2)  もつとも石切所村議会の議決にはその借入先について「大蔵省資金運用部、または郵政省簡易保険局但し、前記のところから借入できない場合は市中銀行から借入することができる」との条項が付されていたが、右条項は日歩金三銭以内とする金利の条項との関連において付加された例示的のものにとどまり、金利につき市中銀行と同等あるいはそれ以下で借入するならば、その借入先の選択は村長に一任されておつたものであり、村長目時の原告からの前記借入は村議会の議決によつて付与された権限内の行為である。このことは同村が同様の条項が付されて議決された一時借入金について訴外岩手県町村会、同福岡信用金庫等からこれをなした事例がある点からも明らかである。

(3)  仮に右村議会の議決が借入先を制限した趣旨であるとしても、地方自治法第二二六条と第二二七条を対比して考察すると、一時借入金に関する議会の議決は地方債を起す場合のそれと異なり、自治体の長が有する予算内の支出をするため、当然の権限を議会が監督上、大綱において牽制する程度のものに過ぎず、したがつて起債をする場合は起債の方法、利息の定率、および償還の方法について議会の議決を経ることを法律が要求しているが、一時借入金の場合は議会は借入についての概括的議決をなし得るにとどまり、借入先等につき議決事項とすることはできないし、またそれをしたとしても、その議決は村長の予算執行に関する一時借入の権限をなんら制約する効力を有しない、それ故前記石切所村議会の一時借入金に関する議決の際、借入先について前記のような制約を設けたとしても、そのことはそれに違反した村長が政治的責任を負うべきか、否かは別として原告との前記消費貸借成立にはなんら影響をもつものではない。

2 仮に、右の借入先についての議決条項が外部的効力を有し、村長目時にはこれに反して原告から一時借入をする権限がなかつたとしても、右村長目時には村議会の議決によつて、保育所建設の資金として一時借入をなす権限を与えられていたことは既述のとおりであり、原告は石切所村において、既に保育所建築に着手していたことを原告組合二戸支部の報告により知つておつたところ、当時の原告代表者中央執行委員長であつた鈴木力が社会教育委員会の関係から親交めあつた右村長目時自身が保育所の建設について国からの補助金がすぐおりるが火急に、村で代金支払の必要があるので即日貸出されたいと借入金の申込をしたので、原告としては右村長目時に原告から右資金を借入する権限のあることは当然と信じ保育所が児童福祉法による社会福祉施設として社会教育上重要な意味をもち、これを早急に完成せしめるという好意的配慮もあつて貸出したのであり、当時においては右村長目時に原告との消費貸借を締結する権限があると信ずるに足る相当な理由があつたものである。

したがつて民法第一一〇条の適用又は準用により原告と石切所村との間の前記消費貸借は有効である。

しかして右石切所村は昭和三〇年三月一〇日に被告福岡町に合併されたのでその際に旧石切所村の権利義務は町村合併新町施行に関する協議議定書の定めるところにより新町に引継がれ、原告に対する債務も当然被告福岡町に承継されたものである。

3 仮に旧石切所村長目時が、原告との間になした前記消費貸供について前記議決の借入先の制限に反するかしがあつて、右契約の際、旧石切所村に対し、効果が及ばなかつたとしても同三〇年三月二五日、当時既に同村を合併していた被告福岡町において次のとおり右借入行為を追認した。

(1)  すなわち同年三月二四日当時の福岡町石切所支部長目時定一および福岡町収入役職務執行者勝又真孝が原告方に来所して前記金一〇〇万円の債務の期限の猶予と、更に同じく保育所建設資金とする新たな金七〇万円の借入を申込み、原告の求めに応じ翌二五日福岡町吏員小野正志をして旧石切所村議会の議決書の謄本、同村昭和二九年度歳出歳入予算抄本、福岡町長職務執行者小保内樺之助の正規の職印を押捺した前記金一〇〇万円および金七〇万円を合わせた金一七〇万円の借入申込書借用書受領証を原告方に持参させているのであつて、このことは原告と旧石切所村との前記金一〇〇万円の貸借について被告福岡町が追認したものにほかならない。

(2)  なおまた、右福岡町長職務執行者小保内樺之助が、当時の同町石切所支部長目時定一に対し、右のような原告からの金員借入、期限延期等の権限を委任していなかつたとしても、同支部長目時に、自己の福岡町長職務執行者名を表示した印鑑を預けてその使用を一般的に許容していたのであるから同支部長目時がこれを使用して前記借入申込書、借用書等を作成して、原告に呈示したことにより原告は当然同支部長目時に右行為をなす権限ありと信じたのであり、この場合前記(1) の追認について民法第一〇九条の表見代理の適用がある。

(二)  第一次の予備的請求の原因(不当利得)

仮に前記(一)の主張が認められない場合には予備的に次のとおり主張する。

原告の旧石切所村に対する前記金一〇〇万円の貸付が無効であるとしても、原告から昭和三〇年一月二七日、当時の石切所村長目時に交付された金一〇〇万円は同日株式会社岩手殖産銀行福岡支店の同村収入役小笠原謙治の預金口座に公金として入金され、同収入役は翌二八日にこの原告から交付された金員全額を右口座から引出して、村立保育所の建築を請負つていた建築請負業者訴外五洋産業有限会社に右工事代金の一部として支払つた。したがつて旧石切所村は法律上の原因なくして原告から金一〇〇万円相当の利益を受け、これがため、原告に対し、同額の損失を及ぼしたから民法不当利得の法理により右利得を返還する義務がある。

しかも、右の受益につき、受益者である旧石切所村の代表者村長目時は当時無効原因を知り悪意であつたから、前記利得に対し民法第七〇四条に規定する利息と、他の者に貸付けることによつて得べかりし利益に相当する損害金とを合せ、日歩金二銭八厘に相当する金員を付加してその支払を求める。

(三)  第二次の予備的請求の原因(債権者代位)

仮に前記(二)の主張が認められない場合には予備的に次のとおり主張する。

1 原告は同三〇年一月二七日、被告目時定一に対し金一〇〇万円を利息金一〇〇円につき日歩金二銭八厘、弁済期日同年二月末日の約で貸付けたが、右債務者目時は右金一〇〇万円を原告から借受けた日に原告との消費貸借と同一の内容で旧石切所村に貸付けた。同村は同三〇年三月一〇日被告福岡町に合併された結果、同村の右債務を承継した。

しかして、債務者目時は無資力で原告に対する右債務を返済する能力がないので原告は民法第四二三条の債権者代位により原告の債務者目時に対する前記貸金債権保全のため同人に代り、同人の被告福岡町に対する前記貸金債権を行使するものである。

2 仮に、被告目時の旧石切所村松対する右貸金債権が成立していないとしても被告目時は同村に対し金一〇〇万円につき不当利得返還請求権があるので原告は責務者目時に代位して同人の旧石切所村、従つて被告福岡町に対する右不当利得返還請求権の行使をするものである。

(四)  第三次の予備的請求の原因(不法行為)

仮に前記(三)の主張が認められない場合には予備的に次のとおり主張する。

旧石切所村長目時定一は原告より金一〇〇万円を借入れるに際し、原告の当時の代表者中央執行委員長鈴木力に対し、借入先につきかしがあるにもかかわらず、かしがないように振舞い、また、現金受領の権限がないのにかかわらず、あるように装い、原告の右代表者をその旨誤信させよつて原告をして金一〇〇万円を交付させ、また同村収入役小笠原謙治は右金一〇〇万円を正当に村公金として収入、支出すべきにかかわらずこれを怠つたために結局原告に金一〇〇万円の損害を蒙らせたのである。しかして右村長目時の金員借入行為および収入役小笠原の収支の行為はいずれもその権限に属する職務行為にほかならないので民法第四四条第一項の適用又は類推適用により旧石切所村従つて同村を合併した被告福岡町は原告に対し、前記損害を賠償すべき責任がある。

以上の結果いずれの点からするも被告福岡町は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和三〇年一月二七日以降完済に至るまで金一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による金員を支払う義務がある。

二、被告目時定一に対する請求の原因

被告福岡町に対する以上の請求が認められない場合には予備的に被告目時定一に対し次のとおり請求する。

(一)  主たる請求の原因(消費貸借)

原告は被告目時に対し前記一(三)1のとおり金一〇〇万円を貸付けたが被告目時はその支払をしないので金一〇〇万円およびこれに対する昭和三〇年一月二七日以降、完済に至るまで金一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による金員の支払を求める。

(二)  第一次の予備的請求の原因(不法行為)

仮に前記(一)の主張が認められない場合には予備的に次のとおり主張する。

被告目時は昭和三〇年一月二七日原告から金一〇〇万円を借り受ける際、既に述べたとおり故意又は過失により原告から借入について正規の村議会の議決が存在しなかつたのにかかわらず、あるように装い、かつ、将来、石切所村を合併する福岡町において右債務を弁済する旨を原告の当時の代表者中央執行委員長鈴木力に申述べた結果、原告はこれらの言動を信じ被告目時に金一〇〇万円を交付したのであるから被告目時は不法行為による損害賠償の責を免れない。しかしてこれによつて受けた原告の損害は金一〇〇万円およびこれに対する金一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による金員相当の得べかりし利益であるからこれが支払を求める。

(三)  第二次の予備的請求の原因(不当利得)

仮に前記(二)の主張が認められない場合には予備的に次のとおり主張する。

被告目時は法律上の原因なくして昭和三〇年一月二七日原告より金一〇〇万円の交付を受けたものであり、かつ村長として地方自治法上の法規を知り、原告より旧石切所村への一時借入金の貸付が議決および収入役への交付の必要性等の関係上、かしのあるものであつたことを知つていた悪意の受益者であるから、そのうけた利益に利息、および損害である金一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による金員を付加して支払うべき義務があるものである。

以上の結果いずれの点からするも被告目時定一は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和三〇年一月二七日以降完済に至るまで金一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による金員を支払う義務がある。

第三、被告福岡町の答弁

一、原告の主張、第二、一、(一)の主たる請求原因事実に対し

(一)  石切所村長目時が、昭和三〇年一月二七日に原告から金一〇〇万円を借受けることとし同日これを受取り同人が訴外株式会社岩手殖産銀行盛岡支店に赴き、同銀行福岡支店に送金手続をし、その金員が、石切所村収入役小笠原謙治の口座に入金されたことは認めるが原告のその余の主張事実は争う。

(二)  旧石切所村議会が昭和二九年三月二五日一時借入の件について議決したこと、同議決にはその借入先について「大蔵省資金運用部、又は郵政省簡易保険局、但し前記のところから借入できない場合は市中銀行から借入することができる」旨の制限条項が付されていたこと、被告福岡町が旧石切所村を同三〇年三月一〇日合併し、その結果被告福岡町が旧石切所村の債権債務を承継したこと、同年三月二四日当時の福岡町長職務執行者が小保内樺之助であり同町収入役職務執行者が勝又真孝であり同町石切所支所長が目時定一であつたことはいずれも認めるが原告のその余の主張事実は否認する。

(三)1  そもそも右村議会の議決には前示のような借入先についての制限条項が付されていたものであり原告から借入れるとの議決ではない。

しかして村が起債するには議会の議決を必要とするのは、地方自治法第二二七条によつて極めて明瞭である。この議決に反する村長目時の行為は、石切所村に効力を及ぼさない。また、その起債に応ずる場合には議会の議決書の謄本の提出を求める等村長の起債権限の有無、内容等を確かめる方法を講ずるのが当然であり、原告がこれをしなかつたのは重大な過失というべく、民法第一一〇条の表見代理の主張はできない。

2  かようにして旧石切所村は原告に対しなんらの債務も負担していなかつたのであるから被告福岡町も原告に対しなんらの支払義務も負担しないのである。

3  福岡町長職務執行者小保内は同町収入役職務執行者勝又或は同町石切所支所長目時に対し原告からの金員借入や、原告からの借入金の証書書替期限の延期等を委任したことはなくまた原告主張のような借入申込書、借用書受領書を作成したことも、目時、小野等に交付したこともない。したがつて追認の事実は存在しない。

なお原告はこの時、目時らが、石切所村議会の議決書の謄本を持参したというのであるならば、右議決書には、原告からの借入を認めていないことを原告も知つた筈であるから、追認の表見代理とはならない。

二、原告の主張第二、一、(二)の第一次の予備的請求原因事実に対し、

(一)  右一、(一)において認めた事実以外は否認する。

(二)  前記のとおり、右金一〇〇万円は収入役小笠原の口座に入金されたけれども村長目時から収入役小笠原に対し、右は原告から借入した旨の話もなく、翌二八日村長目時は同収入役に対し、昨日送金した金一〇〇万円を渡せと云つて預金から払戻させてこれを受領し処分したのであつて、右金員は同収入役の関知することなく、同収入役の口座を送金上経由されたのにとどまり公金として使用されたものではない。

したがつて被告福岡町はこれによつてなんらの利益も得ていないので原告の請求は失当である。

三、原告の主張第二、一、(三)(四)の各予備的請求原因事実に対し、

(一)  いずれも否認する。

(二)  旧石切所村は目時定一から金一〇〇万円を借受けた事実はない。

第四、被告目時定一の答弁

一、原告の主張第二、二、(一)(二)(三)の各事実はすべて否認する。

二、その理由は原告の主張第二、一、(一)123(1) (二)の各事実と同じであるからこれを援用する。

第五、立証

一、原告は

(一)  甲第一ないし第七号証、第八号証の一ないし一一、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証、第一二号証の一、二、第一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二号証、第二三ないし第二五号証の各一、二、第二六号証の一ないし三、第二七号証第二八号証を提出し、

(二)  証人吉田あい、小笠原謙治、小保内樺之助、五日市茂助、千葉正夫、泉山旦、久保田貞一、土川三郎、原秀夫、北館文之助の各証言、ならびに被告目時定一および原告代表者小川仁一の各本人尋問の結果を援用し

(三)  乙各号証および丙各号証の成立を認めると答えた。

二、被告福岡町は

(一)  乙第一、第二号証を提出し、

(二)  証人佐藤元、勝又真孝、小野定義、山本幸七、佐々木丙午郎、山本徳治の各証言を援用し、

(三)  甲第一、第二、第五の各号証、第八号証の一、二の各成立を否認し、甲第六号証、第九号証、第一〇号証の一、二、第一五号証、第一九号証の一、二、第二〇号証の各成立は知らないがその余の甲各号証の成立を認めると答えた。

三、被告日時定一は

(一)  丙第一号証の一、二、第二号証を提出し、

(二)  甲第八号証の一、二の成立を否認するがその余の甲各号証の成立を認めると答えた。

理由

第一、まず原告の被告福岡町に対する請求のうち主たる請求の原因について判断する。

一、昭和三〇年一月二七日当時の石切所村長目時定一が、原告組合から金一〇〇万円を借受け同日自らこれを受取り訴外株式会社岩手殖産銀行盛岡本店から同銀行福岡支店の同村収入役小笠原謙治の口座に送金、右金員は同口座に振込まれたことは原告、被告福岡町間に争がなく成立に争のない甲第四号証、第八号証の四、第一四号証の一、二、被告目時本人尋問の結果により、成立を認め得る甲第二〇号証、成立に争のない、甲第二三、第二四号証の各二、第二五号証の一、二、第二六号証の一ないし三、第二七号証、成立に争のない乙第一号証、証人吉田あい、五日市茂助、久保田貞一、土川三郎の各証言および原告代表者小川仁一、被告目時定一の各本人尋問の結果を綜合すると、右目時の借入の経過は次のとおりである。

すなわち、旧石切所村では昭和二九年度事業として児童福祉法に基く村立保育所の設置を計画し同村議会の議決等所要の措置を経て、同年一〇月末頃訴外五洋産業有限会社との間に工事代金は三五〇万円、その支払方法は工事の出来高に応じて四回に分割支払うこと、竣工予定期日は同三〇年三月末日という約束で同保育所の建築工事請負契約を締結したので同会社では同二九年一一月頃から右工事を進めたが同村の工事代金の支払が工事の進行に伴わず同年一二月一八日頃には一〇〇万円の支払遅滞額を生じたところ、同会社は目時村長らと協議して右遅滞代金支払のため同会社においては同村長の発行する右債権を確認する証明書により岩手殖産銀行福岡支店から一〇〇万円の、昭和三〇年一月二五日を期限とする約束手形を振出して同額の融資を受け同村長は右期限までに一〇〇万円を同会社に支払い右手形の決済をなさしめる約束をしたこと、ところが同村では予定していた村有財産の処分による現金収入が遅れ県からの補肋金の交付も間に合わぬなどの事情から右支払資金のないまま期限を徒過するに至り、右債権者の厳しい請求に困惑した同村肋役中村鉄二は同月二六日折から岩手県花巻市に出張中であつた同村長目時に対し電話連絡により右事情を急報し、右代金支払のため至急に金策方を促したところ同村長はこれを諒承しすでに相当額の債務のある取引銀行の岩手殖産銀行から借入は早急には困難なところから、同村長もかつて教職にあつたため、かねてより熟知の間柄である原告組合の当時の代表者中央執行委員長鈴木力、同副委員長小川仁一に依頼して同組合からの融資を得ようと考え翌二七日花巻市からの帰途盛岡市所在の原告組合事務所に立寄り右同人ら及びたまたま同事務所に居合わせた原告二戸支部長荒田秀次郎、同書記長土川三郎らに対して同村の保育所建築工事代金支払のため火急に金一〇〇万円を必要とする前記のような急迫した事情と同村財政の窮状を説明したうえ、村費たる右工事代金支払資金として同村に対する金一〇〇万円の緊急融資方を懇請したこと、その結果右鈴木らは保育所の建策費なら教育施設の援肋にもなることと考えて右申入に応じることとしその場で鈴木において同村長との間に同村に対し同組合の組合員の共済機関である互助部の資金から金一〇〇万円を利息は右互助部貸付規程所定の日歩二銭八厘、返済期限は同年二月末日と定めて貸与する旨の約定を結び即時同村長に対し金一〇〇万円を差出したので同村長は緊急の場合として便宜、自らこれを受取つたうえ直ちに前記銀行盛岡本店に起き同店に対し右金員を交付してこれを同村収入役小笠原謙治に送金するため自ら振込入となつて同銀行福岡支店の右収入役名義の預金口座に入金を依頼、同銀行は電信をもつて同日中に右口座に入金を了したこと、同村長は右送金後同日午後一時頃中村助役に対し電話連絡により原告から所要金額の融資を受け岩手殖産銀行を通じて送金したからそれで五洋産業への支払をすますよう通知したことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

二、以上の認定によれば、被告目時の右借入は当時同人がその任にあつた石切所村長として同村の名においてした行為であつたことはいうまでもない。

ところで地方自治法第二二七条によれば普通地方公共団体の長が前認定のような一時借入をするには議会の議決を要する定めとなつているところ、この点に関し、石切所村議会が昭和二九年三月二五日、同会計年度における同村の一般財政資金調達のため「借入金額金二〇〇万円以内、利率金一〇〇円につき日歩金三銭以内、借入先大蔵省資金運用部又は郵政省簡易保険局但し前記のところから借入できない場合は市中銀行から借入することができる」旨の一時借入に関する議決をなしていることは原告被告福岡町間において争がない。

原告は目時村長は右議決に基き適法に前記借入の権限を有していた旨主張するのに対し被告福岡町は旧石切所村議会の右一時借入金の議決には前示のような借入先についての制限条項が存する以上同村長の右借入先に該当しない原告からの借入行為は右制限に違反する権限外の行為であつて村に対してなんら効果を及ぼすものではない旨争うのでまず同村議会の右議決の効力について検討する。

がんらい普通地方公共団体の長が当該団体の予算を執行するにあたつては歳出と歳入との時間的そごのため歳計現金の一時的不足にそう遇することはむしろ避けられない現象であるからかかる場合に右の不足を補うためになされる一時借入は当該団体の財源の不足を補う目的を有する地方債と異り、地方自治法第二二七条の規定がなくとも、もともと予算執行の職責を有する長の固有の権限に属するものと解されること、前記地方自治法の規定が長の右権限につき議会の議決を経べき旨の制約を課するについても金員の借入がそのときどきの金融市況等変化する経済情勢に対応して臨機の処置を必要とすることに鑑み、予算執行の衝に当る長が歳計現金の不足により歳出の執行を妨げられることがないよう借入にあたつての長の弾力性ある措置を尊重しなければならないこと、地方債の起債手続を定めた同法第二二六条が右起債につき議会の議決を経るにあたつてはあわせて起債の方法、利息の定率及び償還の方法をも議決しなければならない旨の明文を置くのに対し、前記第二二七条に一時借入金につき単に議会の議決を要する旨をいうのみでその利率等の細目の議決についてはなんら言及していないこととによつて、考えると、同条は普通地方公共団体の長のする一時借入について少くとも私法上の関係においては当該団体の議会は単に借入金の最高限度を議決すれば足り長は右議決によりその議決金額の範囲内において私法上適法に借入をなしうる権限を与えられるものとする趣旨であつてたとえ議会が右の範囲を超え借入先等にわたつて議決してもかかる議決は右金額に関する部分を除き地方自治法に基く議会の議決一般の效力としてこれに違反して借入をした長の右議決違反の責任を生ずるか否かは別として長の右権限を制限するものではないと解するのが相当である。

してみると目時村長の右議決金額の範囲内においてした前認定の借入行為は右議決により有する同村長の権限の範囲内に属するものというべく、右議決指定の市中銀行にあたらない原告組合から借入れたとの点は右の結論に影響を及ぼすものではない。

三、次に消費貸借契約は民法第五八七条により借主が目的物を受取ることによつてその効力を生ずる要物契約であることはいうまでもないが他方、地方自治法第一四九条第四号第一七〇条によれば普通地方公共団体の長は現金の収入及び支出を命令し並びに会計を監督する権限を有するけれども法令に別段の規定がある場合以外は原則としてその出納は収入役の専権に属するから、目時村長の右借入行為により原告と石切所村との間に消費貸借が成立するためには単に村長たる目時が借受金を受領したのみでは足らず前記小笠原収入役においてこれを領収した事実がなくてはならない。

よつてこの点を検討すると前掲各証拠に成立に争のない甲第一、二号証の一、二、証人小笠原謙治の証言の一部を総合すると同村収入役小笠原謙治は同三〇年一月二七日前記銀行福岡支店より盛岡本店から右福岡支店の同収入役口座に金一〇〇万円の送金のあつた旨の通知を受けて右入金の事実を知り、直ちに中村助役に対し右金員の処置につき聞きただしていることが認められるからその際小笠原収入役が同助役から右金員は目時村長が原告組合から借入れ収入役宛送金したものであることを説明したことはこれにより察するに難くないのみならず同じく前掲証拠によれば同収入役は翌二八日中村助役に対する毎日の収入高め報告に際し、右金員を収入した旨報告しさらに中村助役が前認定の目時村長の指示に基き同日同村長の帰任前、村長を代理して小笠原収入役に対し前記訴外会社に対する金一〇〇万円の工事代金の支払を命じ同収入役は右命令に従つてこれを保育所建築工事代金の一部として五洋産業へ支払のため支出の手続をとり右支払を完了したことが認められ、右認定に反する証人小笠原謙治の証言部分は措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで以上の事実は前記一認定の事実を総合して考えると本件借人金は右一月二七日小笠原収入役の前示預金口座に入金され同人においてその事実を了知すると同時に同収入役の管理下に帰したものといえるから、これにより同収入役は本件借入金を受領したことを認定するに十分である。もつとも被告目時本人尋問の結果によると石切所村でも従来は一般に他から金員を受領する場合には、消費貸借による金員借入であると否とに拘らず前記地方自治法の諸規定の趣旨に則り村長の文書による収入命令に基いて收入役において金員を納付させる取扱となつていることが窺われ前認定の本件借入金の収入手続はかかる正規の手続によらなかつかことが認められるがこの点は右村長収入役の同村議会等に対する責任問題等を生ずることがあるのはともかく小笠原収入役が本件借入金を受領したとの右認定を左右するものではない。

してみると小笠原収入役の前記受領の効果として被告目時が石切所村の名において原告組合との間に結んだ前記認定の元金一〇〇万円、利息金一〇〇円につき日歩金二銭八厘支払期日同年二月末日とする消費貸借契約は昭和三〇年一月二七日原告と石切所村との間において成立し同村は原告に対し右消費貸借契約に基く借受金返還債務を負担するものといわねばならない。

四、しかして旧石切所村が同三〇年三月一〇日被告福岡町に合併されたことは当事者間に争がなく、これに前記乙第一号証を総合すると同村は右同日廃され福岡町その他の三村と共にその区域をもつて新たに福岡町が設置されたことが認められるから石切所村の右債務は右福岡町に承継されたことは明白である。

もつとも小笠原証人の証言、被告目時本人尋問の結果に成立に争のない乙第二号証を総合すると右合併後の同年七月二三日行われた旧石切所村福岡町間の事務引継に際し小笠原収入役は本件借入金を公金として領収した事実を認めず収入役の事務引継書中に記載しなかつたため本件債務に関する事務引継はなされなかつたことが認められるけれども合併に際し作成される事務引継書中に右債務が記載されていたか否かによつて右承継が左右されるものでないことはいうまでもない。

五、そうだとすると、原告の被告福岡町に対するその余の主張を判断するまでもなく被告福岡町は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する消費貸借契約成立の日である昭和三〇年一月二七日以降完済に至るまで全一〇〇円につき日歩金二銭八厘の割合による約定利息および遅延損害金を支払う義務がありこれを求める原告の被告福岡町に対する請求は正当であるのでこれを認容することとし仮執行の宣言は本件には相当でないと認められるのでこれを付さない。

第二、次に原告の被告目時定一に対する請求の適否について考察する。

一、原告の被告目時に対する請求は被告福岡町に対する請求の理由がないことを前提とするいわゆる訴の主観的予備的併合であつて現行民事訴訟法上かかる訴訟形態が許容されるか否かについては説のわかれるところである。

二、現行民事訴訟法には訴の客観的予備的併合の場合と同様、これに関する明文の規定がない。

しかして、第一にこれを認める実際的利益ないし必要があるか、第二にかかる訴訟形態が現行民事訴訟法上の基本的原則に抵触するところがないかの二つの観点から考察しなければならない。

(一)  第一に、社会的、経済的諸関係が極めて復雑化した今日経済取引はより一層復雑多岐となり、例えば取引主体が法人組織である場合、中小企業等にあつては取引の主体が果して法人であるのか、代表者個人であるのか、判然としないような場合が多く、実際それが争点となつている訴訟が屡々見受けられるのである。かかる実情に徴し、右のような場合に若し、訴の主観的予備的併合の訴訟形態が許されるとすれば原告の利益に適することはもちろん、訴訟経済の原則にも合致するから、その実際的利益ないし、必要性はこれを否定することができない。また、とくに予備的被告とされる者の一見不安定に見える地位も前記の場合に限つてこれを認めるならばその取引等の実態に徴し、多くは被告においてそのような地位を甘受しなければならない立場にあるのであつて必ずしも、原告の利益に偏するものとはいえない。この点からしても、かかる訴訟形態が一概に民事訴訟の要請する当事者公平の原則を阻害するものとはいえない。

(二)  のみならず第一審限りにおいては原告甲が被告乙、丙に対し同時に、各別に訴を提起し審理される場合よりも、被告乙、予備的被告丙とする主観的予備的併合の場合の方がより裁判の統一を期待しうるとも考えられる

が、問題は現行法上通常共同訴訟において認められる共同訴訟人独立の原則からくる上訴への足並の不揃いをいかに考えるかにあるものと思われる。

1、原告甲が乙を第一次的被告とし、丙を予備的被告として訴を提起したとして次に場合をわけて考えてみる。

(1)  甲の乙に対する請求も丙に対する請求もいずれも理由がなく敗訴した場合、甲は各敗訴判決に対して上訴するであろうし、そうでないとしても上訴しなかつた判決が確定するだけであるから別に問題は起らない。

(2)  甲の乙に対する請求が理由がなく、敗訴したが、丙に対する請求が認容された場合、甲丙ともに上訴すればよし、右の一方しか上訴しなかつたとしても、上訴のなかつた判決が確定するだけであるから、右と同様である。

(3)  甲の乙に対する請求が認容されたため、丙に対する請求については判断がない場合が問題であり、乙が上訴して甲乙間の請求が移審するが甲の丙に対する請求についてはなんらの判断がないのであるから、甲、丙、いずれも上訴できない。

2、右のうち、(3) の場合には予備的併合という訴訟形態が当初から指向する一つの理念である裁判の統一はもはや破綻を免れない。

三、前記二(二)1(3) 2の場合の解決につき或は甲丙間の訴訟は甲乙間の訴訟につき確定裁判があるまで第一審に係属しているものと考え或は共同訴訟人間(乙甲間)に当然補助参加関係を認めようとする考えもあるけれども、いまだ充分解明されたものとはいえない。

四、既に述べたように、主観的予備的併合の訴訟形態を認める実際的利益ないし必要性はある。しかしこれを認めるには、かかる場合に共同訴訟人独立の原則を修正する立法的措置にまたなければならず、結局、現行法上においては許容されない不適法な訴訟形態といわなければならない。

五、果してそうだとすると原告の被告目時定一に対する請求は不適法であるから、これを却下する。

第三、結論。

原告の被告福岡町に対する請求については理由があるから認容し、原告の被告目時定一に対する請求については不適法であるから却下し訴訟費用については、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢 瀬戸正二 山路正雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例